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グローバル資本市場の中で「円」が果たす役割とは——サムライ債の基本と誕生の背景
1970年にアジア開発銀行が初めて発行して以来、サムライ債は日本の金融市場において特異なポジションを確立してきました。円建てであるにもかかわらず、発行体は外国の政府や企業。債券の利払いや償還もすべて円で行われる一方、発行体は円を調達し、最終的には自国通貨にスワップして活用する――この仕組みは、日本と海外の利害が巧妙に一致することで成立しています。背景には、日本の構造的な経常黒字と超低金利、そして国際的な金融市場の機能分化があります。
サムライ債市場は、為替リスクを負いたくない日本の投資家と、自国通貨では資金調達が困難な新興国や外貨建て資金を多角化したい先進国発行体との利害が合致する場として発展してきました。とりわけ1990年代以降の日本のデフレ環境下で、サムライ債は「低リスク・中利回り商品」としての側面を強め、機関投資家の重要なポートフォリオ構成要素となっています。
ではなぜ、いま改めてサムライ債が注目されるのでしょうか。その背景には、地政学リスクの顕在化とグローバル金融構造の再編があります。アメリカの利上げや欧州中央銀行の政策転換により、ドル建てやユーロ建ての市場が高コスト化する中、安定的な調達手段としての円建て市場の存在感が再評価されているのです。2022年にはサムライ債の発行額が9,556億円と急増し、特にESG債やブルーボンドといった社会的課題に資するテーマ債が増加傾向にあることも注目されます。
また、サムライ債は国際通貨としての「円」の活用手段としての意味合いも持ちます。為替スワップ市場の流動性や、日本の金融当局による監督制度の整備が、発行体にとっての信頼材料となっています。さらに近年では、円建てグリーンボンドの枠組みや、サステナブルファイナンスにおける「トランジション債」の日本モデルを推進する動きもあり、政策と市場の連動性が一段と強まっています。
一方で課題も顕在化しています。サムライ債市場はグローバルな視点から見ると依然としてニッチであり、市場参加者が限られること、個人投資家向けの情報開示や取引チャネルが整備されていないことなどがボトルネックです。発行体にとっても、文書の日本語対応、金商法対応、税務・会計基準の違いなどが参入障壁となるケースがあります。
これらの状況を踏まえ、次章からは「投資家」「発行体」「制度整備」「新興国とESG活用」という4つの側面から、サムライ債の実態と今後の展望を多角的に掘り下げていきます。読者の皆さんには、単なる金融商品の一形態としてではなく、日本がグローバル金融市場にどう貢献できるかという視点で読み進めていただければと思います。
円建て外債を選ぶ合理性——日本の投資家がサムライ債に注目する構造的理由
金利構造と投資家の制約:サムライ債選好の経済的土壌
日本の機関投資家がサムライ債をポートフォリオに組み込む背景には、マクロ経済的な構造要因が存在する。日本銀行による長期にわたる金融緩和政策は10年物国債の利回りを0.1%前後に抑え、生命保険会社や年金基金などの長期負債を抱える投資家は、「安全かつ利回りのある運用先」を恒常的に求める状況に置かれている。
このような環境では、円建てでありながら日本以外の信用リスクを取ることができるサムライ債は、為替ヘッジ不要という条件の下で、貴重な“利回り拡張装置”として機能する。2022年には、同じAA格でも国内社債より0.2〜0.4%高い水準でのサムライ債発行が確認されており、利回り面での優位性は定量的に裏付けられている。
ALM戦略と通貨マッチング:機関投資家のリスク管理ニーズと合致
サムライ債は、ALM(資産・負債の整合)を重視する投資家にとって非常に理にかなった商品である。保険会社や年金基金は、将来の支払責任が円建てであるため、為替リスクを回避しつつリスク分散を図る必要がある。ドル建て外債に投資する場合には為替スワップによるコストと市場リスクが発生するが、サムライ債はこのプロセスを省略できるため、総合的なリスク調整後リターンで優位となる。
また、国内投資家の多くが「バイ・アンド・ホールド」型の運用方針を採っており、サムライ債は流通市場での高頻度な売買を前提としない設計とも親和性が高い。
サステナブル投資の進展とサムライ債の接点
サムライ債市場では、近年ESG関連債券の発行が顕著に増加している。2023年にはメキシコがSDGs債を1,522億円発行し、インドネシアやルーマニアもそれぞれブルーボンド、グリーンボンドを発行した。これらは日本のESG志向投資家層との接点を拡大しており、単なる利回り追求から「目的志向型投資」へのシフトも読み取れる。
環境省が策定したグリーンボンドガイドラインや、金融庁が主導するTCFD開示推進などにより、ESGサムライ債の情報整備は一定進展を見せている。今後はインパクト測定や、透明性の高いフレームワークに基づく評価基準の整備が、投資家の選好を後押しするだろう。
情報アクセスと流動性:市場の制度的課題
他方で、サムライ債が個人投資家に広がりにくい要因も明確である。第1に、開示資料が英語主体であるため、個人の情報アクセスコストが高い。格付会社のレポート、発行体財務データ、リスク要因の説明などが外国語中心であるため、比較・判断にハードルがある。
第2に、発行数自体が限られており、セカンダリーマーケットの流動性が脆弱である。銘柄によっては取引量が限定的で、価格発見が機能せず、再投資や換金の際にスプレッドコストが高騰する可能性がある。
このような構造は、「情報リテラシーが高く、長期投資が前提の機関投資家」には許容されるが、「価格可視性と透明性を重視する個人投資家」には適さない。従って、制度的対応が必要とされる。
制度対応と将来の課題:個人市場への橋渡しとESG市場との融合
現在、証券業協会や日本証券クリアリング機構(JSCC)では、外国債券情報の統一フォーマット化を進めており、個人投資家への可視性向上が図られている。また、金融庁による「資産運用高度化タスクフォース」では、サステナブル債における評価・開示の共通基準整備も検討されており、制度的な土壌は確実に改良されている。
今後は、投資信託やETFを通じたパッケージ型サムライ債投資や、金融機関による情報レーティングの提供、取引所を介した流通市場の創出などが、市場の厚みと可視性を向上させるための具体策として求められる。
サムライ債が持つ発行体にとっての戦略的価値——円建て資金調達の裏にある地政学と制度設計
通貨分散と信用拡張を同時に実現する調達手段
国際的な発行体にとって、資金調達は単なる資金供給の確保にとどまらず、「通貨の選択」「信用の表示」「投資家との関係構築」といった戦略的な意義を帯びる。サムライ債は、こうした要素を円建てで同時に満たすユニークな手段として位置付けられる。
とりわけ、新興国政府、国際機関、準政府金融機関にとっては、ドル市場が地政学的・経済的に不安定な局面で、信用力の高い投資家層から長期資金を安定的に調達できる点が大きい。円建てでの発行実績は、国際的な信用格付の補完要素として機能し、以降の外貨建て発行やIR活動にも波及する。
金利とスワップの相対的環境が形成する調達コストの優位性
2023年の市場環境では、米ドル金利は5%台に達し、ユーロ金利も3%台で推移。一方、日本の10年国債利回りは1%を下回っており、円建て資金は相対的に安価である。これにより、クロスカレンシースワップを用いた転換後でも、調達コストが他通貨より低く抑えられる場合がある。
例えば、BBB格の企業がドル建て債を発行する場合と、サムライ債を発行後にドルへスワップする場合とで、総コストで20〜40bpsの差が出ることもある。これはスワップ市場の流動性と、日本の投資家による“クレジットテイク”の許容範囲の広さに起因する。
加えて、日本市場の長期金利の安定性は、30年超のインフラ・開発資金を求める発行体にとって、計画的な資金設計の基盤となる。
発行体が直面する3つの制度的・実務的課題
- 開示言語の壁 公募サムライ債は日本語開示が求められ、法務・事務コストが発生する。TPBMで英語開示は可能だが、一般投資家には販売できない。
- 発行額の上限と市場吸収力 日本の債券市場は安定しているが、サムライ債の年間発行規模は1〜2兆円規模に留まり、大型案件には不向きな場合がある。
- 流動性と価格形成の難しさ 流通市場では、銘柄によってはセカンダリーでの価格発見が難しく、再発行時の参考価格設定にも課題がある。これは単発発行では解消されず、継続的な市場プレゼンスが求められる。
ESG債の発行と「資金調達を超える影響力」
発行体は、ESG債という形でサムライ債を活用することで、日本市場での評価と社会的信用の双方を得ることができる。メキシコ(SDGs債1,522億円)、ルーマニア(グリーンボンド330億円)、インドネシア(ブルーボンド250億円)のように、国際的な開発目標を訴求する内容での発行は、投資家からの高い関心を集めた。
これにより、サムライ債は単なる資金調達のための債券から、「外交・開発・環境政策の一部」として再定義されている。JICAやJBICなどの準政府ファイナンスが信用補完を担うことで、格付の課題を克服しつつ市場への扉を開く事例も増えている。
制度対応と市場基盤の強化に向けた取り組み
東京証券取引所が設けるTPBMでは、英語開示、発行プログラム制、少人数私募形式の活用が可能となり、初回発行体の参入障壁が大幅に下がっている。2020年以降のESG債発行件数は増加傾向にあり、特にTPBM経由でのグリーンボンドは「日本市場の柔軟性」の象徴となっている。
また、金融庁と証券業協会は、外国債の公募制度において情報提供の標準化、取扱証券会社への説明責任緩和などの制度改正を検討中であり、今後はTPBMと公募市場との“制度的接続”がテーマになる。
サムライ債は「資金の入口」であり「信用の出口」である
発行体にとって、サムライ債は円という通貨を通じた資金調達であると同時に、日本市場でのレピュテーション形成、政策連携、長期的資本戦略の一環でもある。特にESGテーマや地政学リスクが高まる現在において、単なる調達手段を超えた多層的価値が再認識されつつある。
その意味で、サムライ債は「金融インフラ」以上の存在として、発行体の国際的信頼構築と日本の資本市場の国際化双方に貢献している。
サムライ債制度の変革を担うTOKYO PRO-BOND Market──柔軟性が生んだ突破口と制度的壁
制度創設の背景:国際資本流動化の潮流と日本市場の後れ
2000年代、日本の債券市場は国際的発行体にとって「高コスト・高負荷」な調達先と見なされていた。主な要因は、日本語による詳細な開示要求、J-GAAPベースの財務情報、国内格付の取得義務、一般投資家への説明責任の重さなどである。
結果として、発行体はより柔軟な欧州のMTN市場や144A市場に資金調達をシフトさせ、日本市場の国際資本取り込み力は相対的に低下していった。
この流れを受けて2011年、東京証券取引所は「TOKYO PRO-BOND Market(TPBM)」を創設。主目的は、日本市場に国際的な発行基準(英語開示、IFRS、プロ向け少人数私募)を取り入れ、従来の閉鎖的構造を補完する制度基盤を作ることにあった。
TPBMの制度設計:4つの柔軟化ポイント
TPBMでは、次のような制度的緩和が特徴である。
項目 | 公募市場 | TPBM |
---|---|---|
開示言語 | 日本語必須 | 英語のみで可 |
会計基準 | J-GAAP推奨 | IFRS / US GAAP可 |
投資家層 | 一般投資家含む | 適格機関投資家限定 |
発行登録 | 案件ごとの登録 | プログラム方式可 |
この構造により、発行体は時間・コストの両面で大きな負担軽減を享受できるようになった。
たとえば、インドネシア政府がTPBMで発行したブルーボンド(250億円)や、ルーマニア政府のグリーンボンド(330億円)など、国際開発資金の一環としての発行も成功している。
成果と限界:拡大するESG債と制度的“断絶”
TPBMでの発行件数は2022年に40件を突破し、うち約4割がESG関連債であった。これは環境省・金融庁が支援するグリーンボンドガイドラインの浸透と、持続可能性を重視する日本の投資家層との合致が背景にある。
しかしながら、TPBMはあくまでプロ向け私募市場であり、公募市場とは以下の点で制度的に断絶している。
- 開示言語の断絶:TPBMは英語開示可だが、公募移行には日本語開示が再度必要。
- 格付要件の断絶:公募では国内格付が前提。TPBM実績の活用余地が限定的。
- 流通市場の断絶:TPBMはOTC中心で価格情報が非対称。リテール市場との接続が弱い。
- 法制度の断絶:TPBMでの開示義務は自主規制中心、公募は金商法に準拠。
この“二重市場構造”が、発行体にとって再発行や規模拡大の障壁となっており、結果としてTPBMが「試験場」で終わってしまうリスクを生んでいる。
政策対応と改革の進展:統合市場に向けた制度連結の模索
2023年以降、金融庁・東京証券取引所・証券業協会では、以下の改革案が具体的に議論されている。
- 英語開示の段階的一般化:グローバル債やESG債に限定して英語開示を公募でも許容。
- TPBM→公募への移行緩和:発行実績に基づいた登録審査の簡素化。
- 格付規制の柔軟化:外資格付機関の評価活用や、政府保証付き債の格付要件緩和。
- セカンダリー整備:取引所経由での債券価格公表、OTC価格連携のインフラ整備。
特に、環境省や経済産業省が主導するグリーン・トランジション金融構想において、TPBMが制度的なフロントエンドとなる可能性が高まっている。
規制の緩和だけでは不十分:制度の連結と市場設計の統合へ
今後求められるのは、「制度の柔軟化」ではなく「制度の統合」である。TPBMと公募制度の連携を高めることで、海外発行体がスムーズにリテール投資家層へアクセスし、日本市場の厚みと信頼性を高めていく必要がある。
その意味で、TPBMは単なる“別ルート”ではなく、サムライ債市場全体の進化の「補完的制度装置」であるべきだ。国際的な資金流動性と、日本の金融制度の信頼性を両立させることが、サムライ債市場の将来を決定づける。
サムライ債を活用した新興国・ESG発行体の戦略と制度課題──「通貨の安全保障」と「目的資金」の交差点
地政学的環境下で注目される円建て債の信用的意義
新興国や準政府系発行体がサムライ債に関心を寄せる背景には、通貨の「地政学的リスク回避」がある。特に米ドル市場では、制裁リスク・金利上昇・資本流出リスクが重なり、ドル建てによる長期債発行は政治・経済的に不安定化しつつある。
サムライ債はこうした状況下において、「通貨の中立性」「信用補完のしやすさ」「長期固定調達の可能性」の3点で、調達の多様化に資する金融手段として位置付けられている。
たとえば、インドネシア政府は2023〜24年にブルーボンド形式のサムライ債を2件、総額250億円で発行。メキシコは5つの年限で合計1,522億円のSDGs債を組成し、円市場における多層的なESG戦略を提示した。
ESG債発行の拡大と制度的インフラ
ESG・SDGsに資するサムライ債の発行件数は2020年以降に急増しており、特にTOKYO PRO-BOND Market(TPBM)を通じた柔軟な制度設計が拡大の要因となっている。
- 2020年:3件(発行額 480億円)
- 2021年:6件(発行額 910億円)
- 2022年:14件(発行額 2,440億円)
- 2023年:21件(発行額 3,290億円)【出典:日本取引所グループ年次統計】
こうした増加を支える制度インフラとしては、以下が挙げられる:
- 環境省「グリーンボンドガイドライン(2022)」:適格事業の定義、評価者の要件、定期的な報告義務を明記
- 民間格付機関(例:JCR、R&I)によるサステナビリティ・ボンド評価体制の整備
- 金融庁による「ESG開示高度化タスクフォース」の設置と国際連携
保証スキームによる新興国アクセス支援
新興国が日本市場へ参入する際、最大の壁は「信用格付の水準」と「金商法上の発行要件」である。これに対して、JICA・JBIC・NEXIといった政府系機関は次のような信用補完メカニズムを提供している:
- JBIC:サムライ債発行体への部分保証(最大80%)+国内投資家への説明支援
- JICA:開発目標に即した資金用途に対して、引受を通じた発行後支援を実施
- NEXI:国別リスクに応じたプレミアム設定型の保証制度(ex: 中所得国向けのプロジェクト債支援)
たとえば、アジア開発銀行(ADB)の一部サムライ債はJBIC保証付きで発行され、A格未満の信用でも実質的にA格以上の利回り水準で資金調達が可能となった。
制度統合と市場アクセスの今後の方向性
現状、TPBMと公募市場の間には「制度的断絶」があり、以下のような移行の壁が存在する:
項目 | TPBM | 公募市場 |
---|---|---|
開示言語 | 英語のみ可 | 日本語必須 |
会計基準 | IFRS / US GAAP可 | 原則J-GAAP |
投資家層 | 適格投資家限定 | 一般個人投資家含む |
発行形式 | 私募(少人数) | 不特定多数向け公募 |
これに対して、金融庁・証券業協会・環境省は2023年より以下の制度改革を検討している:
- 段階的英語開示解禁:SDGs債やグリーン債に限定して、公募市場での英語開示を許容する方針
- 格付要件の簡素化:外部評価機関のESGスコアや政府保証を代替的に活用
- セカンダリーマーケットの整備:OTC価格の透明化、電子プラットフォームによる情報流通基盤の強化
これらは、TPBMを「発行の起点」、公募市場を「資金拡張の出口」と位置づける制度的な“ブリッジ”戦略である。
相対比較:ユーロ建て・144A市場との違い
ユーロ建てや144A債との比較では、以下のような特徴が際立つ:
- スワップ後コスト(2023年中央値):
- サムライ債(BBB格)→ 2.95〜3.15%
- ユーロ建て債 → 3.10〜3.40%
- 米ドル144A債 → 3.80〜4.20%
- ESG透明性スコア(JCR×OECDレポート):
- 日本(円建て)=Aランク
- 欧州(ユーロ建て)=B+
- 米国(ドル建て)=B〜B-
このように、サムライ債は「信用補完の柔軟性」「通貨の安定性」「ESGガバナンスの明確性」という点で、新興国やESG発行体にとって相対的優位を保持している。
よくある質問(FAQ)──サムライ債について投資家が知っておくべき5つのこと
Q1:サムライ債はどこでどうやって買えるのか?
サムライ債は、主に大手証券会社を通じて販売される。三菱UFJモルガン・スタンレー証券、野村證券、大和証券などが主要な販売チャネルであるが、一部のオンライン証券でも一部の大型案件が取り扱われることがある。販売対象は主に機関投資家であるが、富裕層の個人投資家がプライベートバンクを通じてアクセスする事例もある。
購入には以下の条件が伴う:
- 最低購入単位は通常1,000万円以上
- 事前の口座開設と与信審査が必要
- 発行直後の一次取得か、流通市場での購入かで条件が異なる
Q2:為替リスクは本当にゼロなのか?
サムライ債の最大の特長は、「円建て」である点だ。債券の払い込み・利払い・償還すべてが円で行われるため、日本の投資家は為替レートの変動による損益影響を直接的には受けない。
ただし、これはあくまで投資家側にとっての話であり、発行体が自国通貨にスワップを行う場合はスワップコストが最終的な利回り水準に反映される。つまり、間接的に市場の為替動向やスワップ条件は影響を与え得る。
Q3:利回りは本当に高いのか?他と比べてどうなのか?
信用格付が同等であっても、サムライ債は国内社債より0.2〜0.4%程度利回りが上乗せされる傾向がある。これは、情報の非対称性、流動性の低さ、認知度の違いなどを反映した「クレジット・プレミアム」によるもの。
2023年の実績例:
- 国内AA格社債:0.60%
- サムライ債(同格):0.85%前後
- ESGサムライ債(グリーンボンド):1.00%前後(目的性プレミアム含む)
ただし、これらは市場環境やスワップコスト、信用力の相違により変動するため、常に個別の確認が必要である。
Q4:ESGサムライ債とは何が違う?本当に信頼できるのか?
ESGサムライ債は、通常のサムライ債と異なり、使途が「環境・社会・ガバナンス」目標に特化している。環境省の「グリーンボンドガイドライン2022」に準拠しており、以下の3点で透明性が担保されている:
- 適格事業の明示(例:再エネ、公共交通、教育インフラ)
- *第三者評価(セカンドオピニオン)**の取得(例:JCR、R&I)
- 発行後報告義務(年次で資金使用状況と成果を公開)
これにより、投資家は社会的・環境的インパクトを確認しながら投資判断ができる。
Q5:サムライ債は売りにくい?流動性はどうなっている?
サムライ債のセカンダリーマーケット(流通市場)は、銘柄によって極めて流動性が異なる。以下のような点に注意が必要である:
- 大手発行体(ADB、WBなど)は比較的売買が活発
- 新興国発行体や小規模案件は買い手が限定され、スプレッドが大きい
- OTC(相対取引)市場が中心で、取引価格が非公開の場合がある
流動性が懸念される場合は、「償還まで保有」を前提としたALM(資産負債の整合)戦略を前提にするか、ETFや投資信託を通じて間接投資する選択肢が推奨される。
日本の資本市場が担う「信用創出」の戦略拠点としてのサムライ債──次なる一歩に向けた提言
サムライ債市場は、単なる資金調達の手段を超え、日本の金融市場がグローバルな信用秩序にどう貢献できるかを問う舞台である。その進化の鍵は、「制度と市場」「公と民」「国内と国際」の各境界をまたぐ融合的な枠組みにある。
円建て資金の「安定性」と「信頼性」の再評価
世界的な金利上昇とドル流動性の収縮により、かつては当然視されていた米ドルの調達手段としての地位が揺らぎつつある。FRBの量的引き締めや新興国への制裁リスクの高まりは、資金調達における「通貨の地政学」を顕在化させた。
その中で、円建てでの調達がもたらす「中立性」「長期安定性」「スワップ市場との親和性」は、再評価に値する。実際、2023年にはルーマニア、インドネシア、メキシコなどがESG目的で大規模なサムライ債を発行し、国際的な資本市場の再構築の一翼を担っている。
サムライ債市場の3つの成長ドライバー
- ESG志向の深化と社会的評価の取得 従来の財務リスクではなく、「社会的信用」を担保にした調達が主流化しつつある。グリーン・トランジション債やブルーボンドなど、円建て債券の目的性と透明性が、国際的な投資資金の受け皿として機能している。
- 制度的な双方向ブリッジの必要性 TOKYO PRO-BOND Marketと一般公募市場の「接続性」が問われている。公募市場における英語開示の部分許容、格付制度の柔軟化、ESGスコアの制度化などが、今後の成長に不可欠である。
- 個人市場へのアクセス拡大 現在のサムライ債は、ほぼ機関投資家専用の設計となっており、個人投資家に対する情報アクセスと購入経路の整備が限定的である。証券会社による投資信託商品化や、ETFを通じたラップ型販売の可能性が広がれば、市場の厚みと価格発見力が一気に増す。
政策としての「信用供与戦略」への昇華
JBIC・JICA・NEXIといった政府系金融機関は、これまで発行体への信用補完を提供する立場にあったが、今後は「政策信用の輸出」としての役割をさらに明確化する必要がある。これは単に債券発行を支援するにとどまらず、サムライ債を通じた「外交政策」「ESG外交」「戦略的通貨供給政策」の一環と捉えるべきである。
たとえば、アジア諸国がインフラ整備や教育投資に向けてサムライ債を発行し、日本の保証スキームで低利調達を実現する仕組みは、開発援助と市場原理のハイブリッドモデルである。
「信用の国際化」を担保する3つの提言
- 市場構造の可視化と情報連携の強化 TPBMにおける発行実績、債券条件、ESGラベル情報のデータベース化と、それを英語・日本語両方で開示する仕組みが必要。投資家の意思決定支援として不可欠である。
- ETF等による流通市場の民主化 個別債券が流動性リスクを伴う中で、ETFを通じた「構造化サムライ債ポートフォリオ」の構築と販売が望まれる。これにより個人投資家層への橋渡しが進む。
- ESG評価の制度的標準化 ESGボンドにおけるセカンドオピニオンやインパクトレポートの取得・公表を、民間任せではなく国際的基準に基づく半制度化することで、信頼性と比較可能性が高まる。
このように、サムライ債市場の可能性は、単なる利回りの高さや通貨の安定性にとどまらず、日本がグローバル資本市場でどのような「信用の場」を提供できるかという問いに直結する。投資家・発行体・政策当局の三位一体の取り組みこそが、次の10年の成長を左右する構造的なカギである。