· 技術革新とデジタルトレンド · シリーズ: テクノロジーの現在地 · 読了目安 11 分
100万人のAIペルソナは必要なのか

AIペルソナを作る仕組みを書いている。作りながら考えていることを、いくつか整理しておきたい。
ペルソナという言葉には、二つのイメージが混ざっている
ひとつは、理想顧客像としてのペルソナ。誰に向けて売るのかをチームで共有するために、代表的な一人を描く。マーケティングの資料でよく見るのはこちらだと思う。
もうひとつは、反応を見るためのモデルとしてのペルソナ。この案を出したら、どういう人がどう反応するか。それを事前に見るための道具である。
同じ言葉で呼ばれているが、要求される性質はかなり違う。前者は、チームの認識が揃えばいい。後者は、返ってくる反応が現実とどれくらい関係あるのかが問われる。
私が作ろうとしているのは後者のほうだ。
理由は単純で、人間を大量にモニターとして動かすのはコストが高い。だから、モデルによって反応を見ることに意味があると思っている。ここでいう意味は「人間の代わりになる」ということではなく、「人間に聞く前に、あるいは人間に聞けない条件で、反応の見当をつけられる」という意味である。
これは感応度分析に近い、という感覚がある
反応を見るためのモデル、という言い方をしたとき、自分の中では別の分野の作業と重なって見えている。感応度分析である。
以前、郵便貯金で債券のポートフォリオを扱っていた。そのときに使っていた考え方が、いまの問題とよく似ている。
債券を見るとき、粒度がいくつかある。ポートフォリオ全体として見る。個別の銘柄として見る。もっと細かく、いつ・いくら入ってくるかというキャッシュフローの単位で見る。同じ資産を、目的に応じて違う粒度で捉え直す。
そして、デュレーションのような指標を使って感応度を見る。乱暴に言えば、金利が動いたときに、この資産の値段がどれだけ動くか を表すものである。一本ずつの値段そのものより、何がどう動くと何がどれだけ動くか、という構造のほうを見ている。
Persona Modelを考えていると、この構造が非常に似ていると感じる。
条件を少し変えたら、反応の分布がどう動くか。ある層だけを取り出したら、全体の見え方がどう変わるか。個別の人物を見る粒度と、集団として見る粒度を行き来する。やっていることの形が、債券のときと同じである。

前提が変わったのではないか
従来型のやり方では、大量のPersona Recordを準備していた。人物のプロフィールを大量に作って持っておき、必要なときに取り出して使う。
ただ、LLM以前と現在では前提が変わったのではないかと考えている。
以前は、人物の記述を用意しておかないと、その人物として振る舞わせることができなかった。いまは、条件さえ与えれば、その条件を満たす人物の記述はその場で作れる。だとすると、あらかじめ在庫として持っておく必然性は薄い。
持つべきものが変わったのだと思う。人物のレコードではなく、人口統計、デモグラフィック、サイコグラフィックといった情報をLayerとして持つ 。そして必要になったときに、そのLayerから特定の人物をレンダリングする。
100万人分のプロフィールを保存するのではなく、100万人を生成できる構造を持つ、という言い方でもいい。

平均的な人物だけでは足りない
ここで気にしているのが、ロングテールである。
条件を与えて人物を生成するとき、いちばん出やすいのは平均的な人物になる。よくいる人、典型的な人。そこは放っておいても出てくる。
しかし実際の市場で意思決定を左右するのは、しばしば真ん中にいない人のほうである。少数だが強く反応する層。想定していない使い方をする層。反対している層。こういう人たちを正しく生成できないのなら、反応を見るモデルとしては使いものにならない。
平均的人物だけでなく、ロングテールに存在する人物を正しく生成したい。ここを気にしている。
では、研究ではどこまで分かっているのか
自分が考えていることの周りで、どこまで分かっているのかも見ておきたい。
まず、人物の記述を大量に用意するというやり方そのものについて、古い指摘がある。
2008年、Chapmanらのグループが、実際の調査データ6つ(回答者数は268人から10,307人)に対して、ペルソナのような人物記述を自動生成してぶつけ、その記述の属性を全部同時に満たす人が実在の回答者に何%いるか を数えている。結果は、属性が9個以上になると該当者はほぼ0%。6つのうち5つのデータでそうなった。しかもこれは、生成した記述のうち最もよく当てはまる上位1%を選んでも同じだった。
属性を足すほど、その人物像は具体的になり、同時に実在しなくなる。「40代」も「都内在住」も「週末は登山」も単独ならいくらでもいるが、全部同時に満たす人は掛け算で減っていく。
なお、この論文は「ペルソナは役に立たない」とは言っていない。実在する集団の情報を表している という主張と、設計者の役に立つ という有用性を分けていて、否定しているのは前者だけである。
つぎに、ロングテールの話と正面からぶつかる報告がある。
2025年に Nature Machine Intelligence に載ったWangらの研究は、人間の被験者の代わりにLLMを使うと、対象の集団を誤って描くだけでなく、集団の中のばらつきを平坦にしてしまう ことを4つのモデルで示している。
平均は出る。幅が出ない。私がロングテールを気にしているのは、まさにここが必要だからで、現状の報告はそこが弱いと言っている。

では、モデルが賢くなれば解けるのか。ここは決着していない。
政治学の方法論誌に、2023年、Argyleらが「silicon sampling」という考え方を出した。人口統計の属性で条件付ければ、一部の集団については人間の回答分布を再現できるという主張で、使われたのはGPT-3である。同じ雑誌に、2024年、Bisbeeらが逆向きの結果を報告した。GPT-3.5で試したところ、合成された回答は実際の調査回答よりばらつきが著しく小さく(標準偏差で16.1に対し31.4)、回帰係数のおよそ48%が実データと有意に食い違い、そのうち32%は符号まで逆だった。同じプロンプトと同じモデルで数か月後に実行したら分布が変わった、とも書かれている。
後者が前者を覆した、という話ではない。同じ分野の同じ査読誌に、対立する結果が両方載ったまま続いている。どちらかが間違いだと断じる材料は、少なくとも私にはない。
いま作っているものの形
考えていることを実装に落とすと、こうなる。
人物の在庫は持たない。代わりに、日本の人口の構造をデータとして持っている。性別、都道府県、年齢、就業の状態が、どういう割合で、どう組み合わさって存在しているか。総務省統計局の人口推計(2024年10月1日現在)と労働力調査(2024年平均)から作っていて、自分で決めた数字は入れていない。
たとえば秋田県の人を100人ほしいときは、全国のモデルに「都道府県は秋田」という条件をかけ、条件に合う組み合わせだけを残し、合計が1になるよう割合を計算し直したうえで、そこから100人をサンプリングする。全国の100人の住所欄を秋田に書き換えるのとは、出てくるものが違う。秋田は年齢構成が全国と違うので、書き換えでは年齢の分布が全国のままになる。
抽出した100人には、それぞれ重みがつく。秋田県の人口はおよそ90万人なので、そこから100人をサンプリングすると、1人がおよそ9,000人を代表する計算になる。この100人は秋田の縮図であって、秋田にいる100人ではない。

条件を付けると、指定していない項目も動く。県を秋田に絞ると、性別の比率も変わる。全国の女性比率が約51.3%なのに対し、秋田は約52.7%になる。これは何かを足したからではなく、公的統計に都道府県と性別を掛け合わせた表があって、モデルがそれを引き継いでいるからである。動くべきものが動いている、というだけの話ではあるのだが、条件を一つ付けたときに何が連動するかを追えること自体が、感応度を見るという意味では本体に近い。
もうひとつ、どの数字がどこから来たのかを、セル単位で持つようにしている。公的統計にそのまま載っている値と、こちらで導いた値は区別がつくようにしてある。たとえば都道府県から地方ブロックへの対応づけは、公表されている表ではなくこちらで当てた規約なので、観測された値としては扱っていない。
まだ解けていないこと
構造を持つやり方にしても、解けていない部分は残る。
人口の構造を正確にしても、合成された回答が人間の回答と一致する保証は出てこない。 誰を選ぶかが正しくなるだけで、選ばれた人物が何と答えるかの妥当性は別の問題である。この二つを混ぜて語ることが、この分野でいちばん起きやすい誇張だと思う。「人口構成が正確だから、回答も信頼できる」は成り立たない。
この点は、売っている側のほうが慎重に書いている。Qualtricsは自社の合成パネルが適さない領域として、 高リスクな最終意思決定 、 詳細な行動想起 、 文化的・感情的に繊細な調査 、そして 人間由来のデータを要する規制の厳しい業界 の四つを、自分で挙げている。ベンダーが自社製品の適用外をここまで具体的に書くのは珍しく、買う側が読むべき箇所だと思う。
私が作っているものも、その制約の外には出ない。構造を正しくすることは必要な条件であって、十分な条件ではない。
ロングテールについても同じで、構造の側で少数派を正しく抽出できるようにすることと、抽出した人物が少数派らしい反応を返すことは、別々に確かめないといけない。この二つは、同じ一つの成果として数えられない。
次回
冒頭に書いた二つのイメージについて、ひとつ確認しておきたい点がある。
ペルソナは、実在する人の情報を表すものだったのか。
このうち理想顧客像のほうは、もともと実在の誰かを指しているわけではない。チームで共有するための像である。それがいつのまにか「調査データに基づいて実在集団を代表するもの」として語られるようになった。2008年の批判が成立するのは、そう語られていたからだ。
いつから、そういうことになったのか。次回はそこを辿る。
本記事で参照した研究
- Chapman, C. N., Love, E., Milham, R. P., ElRif, P., & Alford, J. L. (2008). Quantitative Evaluation of Personas as Information. Proceedings of the Human Factors and Ergonomics Society Annual Meeting.
- Argyle, L. P., Busby, E. C., Fulda, N., Gubler, J. R., Rytting, C., & Wingate, D. (2023). Out of One, Many: Using Language Models to Simulate Human Samples. Political Analysis.
- Bisbee, J., Clinton, J. D., Dorff, C., Kenkel, B., & Larson, J. M. (2024). Synthetic Replacements for Human Survey Data? The Perils of Large Language Models. Political Analysis.
- Wang, A., Morgenstern, J., & Dickerson, J. P. (2025). Large language models that replace human participants can harmfully misportray and flatten identity groups. Nature Machine Intelligence.
- Qualtrics. Synthetic data in market research.(2026年9月7日閲覧)
人口構造の数値は、総務省統計局「人口推計」(2024年10月1日現在)および「労働力調査」(2024年平均)から作成したモデルによる。





