20年前、私は「知識創造エンジン」という夢を見た。そして今、社会を作り始めている。

20年前、師匠はGISを「知識創造エンジン」と呼んだ。地図を作る道具ではなく、位置と時間という共通軸で情報を重ね、見えなかったものを発見する仕組みだと。生成AIで社会モデルを作りながら、同じものを作っていることに気づいた話。

20年前、郵便貯金を辞めて起業したころ、私はGISに魅了されていた。

GIS。Geographic Information System、日本語では地理情報システムと呼ばれる。

今なら、地図の上にさまざまなデータを重ねて分析する仕組みだと言えば、それほど珍しいものには聞こえないだろう。

しかし、私が魅了されたのは地図ではなかった。

当時、私の師匠にあたる人が、こんなことを言っていた。

「情報には、必ず座標と時間が割り振られる。」

そして、GISをこう呼んでいた。

「知識創造エンジン」

地図を作るための道具ではない。

世界に存在するさまざまな情報を結びつけ、それまで見えなかったものを発見するための仕組みだというのである。

当時の私には、この考え方がとても新鮮だった。

そして20年経った今、私は生成AIを使いながら、まったく違うものを作っている。

ところが最近、ふと気づいた。

私はまた、同じものを作ろうとしているのではないか。

そんな話を書いてみたい。

GISは地図ではない

当時、カーナビゲーションシステムが急速に普及し始めていた。

画面にはデジタルの地図が表示され、自分の位置が動き、道路や施設の情報が現れる。

それだけを見ると、GISとよく似ている。

しかし、師匠は両者を明確に区別していた。

カーナビは、あらかじめ用意された情報を地図上で動的に表示するシステムである。

一方、GISの本質は表示ではない。

情報そのものが、位置と時間を持ったデータとして存在していること。

そこが重要なのだと教えられた。

地形。

森林。

植生。

土地利用。

人口。

道路。

気象。

大気の流れ。

海流。

それぞれまったく違う情報である。

しかし、それらに位置と時間という共通の軸を与えると、重ね合わせることができる。

すると、それまで別々に存在していたデータの間に関係が見えてくる。

植生の分布などから土地の価値を計量する。

森林資源がどこに、どれだけ存在し、どう変化しているのかを把握する。

山火事が起きたとき、地形、植生、気象条件などを組み合わせて、火がどちらへ広がるのかをシミュレーションする。

タンカーが座礁したとき、海流や気象などの条件を加えて、その影響がどこまで広がるのかを考える。

都市計画、防災、森林資源管理、環境分析。

地図は、その結果を人間に見せるインターフェースにすぎない。

その下にあるのは、

現実世界をデータによってモデル化する仕組み

だった。

地形・植生・人口・気象・海流のレイヤーを、位置と時間という共通の軸で重ね合わせるGISの構造

師匠がこの世界に取り組み始めたのは、私が出会うさらに10年ほど前だったという。

つまり30年以上前の話である。

当時は、かなり変わった人に見られていたと思う。

しかし私は、その考え方に強烈に惹かれた。

データを使って「効率化」することには、あまり興味がない

私はもともと金融の世界にいた。

郵便貯金では資金運用に携わり、計量金融の考え方に触れてきた。

そこで扱う世界にも、少し似たところがある。

ポートフォリオと個別証券である。

市場全体を見ることと、一つひとつの証券を見ることは別の話ではない。

個々の証券はそれぞれ違う性質を持ち、違う動きをする。

その集合としてポートフォリオがある。

一方で、金利や景気、為替、市場心理といったマクロな環境が変われば、それぞれの証券も影響を受ける。

全体から個を見る。

個から全体を見る。

この往復を繰り返す。

ポートフォリオと個別証券を双方向に行き来する、全体と個の往復

だから私は昔から、データそのものが好きというより、データによって複雑な世界の構造が見えてくることが好きだったのだと思う。

今は「データドリブン経営」という言葉も一般的になった。

広告のCTRを計測し、数字の良い広告へ予算を寄せる。

Webサイトのコンバージョン率を0.1ポイント改善する。

それもデータの重要な使い方である。

企業にとって大きな価値があることも理解している。

ただ、正直に言えば、私はそこにはあまりワクワクしない。

私が面白いと思うのは、

データを組み合わせることで、今まで見えなかった世界が見えることだ。

20年前、GISに魅了された理由も、おそらくそこにあった。

AIでペルソナを作り始めた

そして2026年。

私は生成AIを使って、ある仕組みを作り始めた。

名前を「Persona Monitor」としている。

最初の出発点は、AIを使ったペルソナだった。

マーケティングの世界では、昔からペルソナという手法が使われている。

例えば、

45歳。男性。会社員。妻と子どもがいる。年収650万円。休日はゴルフ。新しい技術には少し慎重。

そんな架空の人物を作り、その人が商品や広告をどう感じるかを考える。

生成AIが登場すると、この方法は一気に高度になった。

名前も作れる。

家族構成も作れる。

趣味も価値観も作れる。

その人物にインタビューすることさえできる。

ならば1人ではなく、1万人、10万人、100万人作ったらどうなるだろう。

しかし、ここで違和感があった。

架空の人間を100万人作れば、社会になるのだろうか。

たぶん、ならない。

生成AIに100万人のプロフィールをランダムに作らせても、それは「多様な100万人」にはなるかもしれない。

しかし、現実の社会を構成する100万人とは違う。

社会には構造がある。

年齢の分布がある。

男女の比率がある。

職業の構成がある。

所得の分布がある。

地域差がある。

そして、それぞれの人間には価値観や好き嫌い、物事に対する態度がある。

ならば、人間を大量に保存するのではなく、

人間を生み出している社会の構造そのものをモデルとして持てばいいのではないか。

そう考え始めた。

人を作るのではなく、社会を作る

Persona Monitorでは、いくつものレイヤーを重ねていく。

まず、人口統計がある。

地域、年齢、性別、職業など、現実の社会がどのような人々によって構成されているのかという骨格である。

しかし、それだけでは人間の意見は決まらない。

同じ40代男性でも、新しい技術が大好きな人もいれば、できれば触りたくない人もいる。

スポーツが好きな人もいる。

政治への関心が強い人もいる。

家族を最優先する人もいれば、仕事を重視する人もいる。

そこで、人口統計の上に、価値観や嗜好、さまざまな物事に対する「態度」のレイヤーを重ねる。

さらに、人間は真空の中で生きているわけではない。

物価が上がる。

景気が悪くなる。

災害が起きる。

新しい技術が登場する。

ニュースが流れる。

社会環境そのものが変化する。

それもモデルに入れる。

そうすると、例えば、

「40代男性を100人」

という条件をPersona Monitorに与えたとき、100人の適当な架空人物が生成されるのではなくなる。

現実の社会構造に近い分布から、条件に合う100人が現れる。

会社員もいる。

自営業者もいる。

さまざまな所得の人がいる。

AIが好きな人もいる。

嫌いな人もいる。

楽観的な人もいる。

不安を感じている人もいる。

私はこれを、半分冗談で、

「人を召喚する」

と呼んでいる。

必要なときに、必要な社会集団をモデルの中から呼び出すのである。

人口統計・価値観と態度・社会環境のレイヤーから、必要な人物を呼び出すPersona Monitorの構造

あるとき、GISと同じことをしていると気づいた

ここまで作って、ふと思った。

これは何かに似ている。

人口統計というレイヤーがある。

その上に職業や所得がある。

価値観がある。

態度がある。

社会環境がある。

そして時間によって、それらが変化する。

レイヤーを重ね合わせ、その関係から新しい情報を取り出す。

20年前に見たGISと同じだった。

GISでは、地形、植生、人口、気象、大気、海流といった異なる情報を、空間と時間という共通軸の上に重ねた。

Persona Monitorでは、人間と社会についての異なる情報を重ねている。

対象が地理空間から社会へ変わっただけで、考え方は驚くほど似ている。

GISのレイヤーとPersona Monitorのレイヤーが同じ構造をしていることの対比。共通軸は空間と時間、社会と時間

そこで、さらに一歩進めて考えた。

もし社会をモデル化できるのなら、

その社会の中で、まだ起きていない出来事を起こすこともできるのではないか。

小さな社会で、先に出来事を起こしてみる

例えば、生成AIによって多くの仕事が自動化されるというニュースが流れたとする。

社会全体では、どのくらい不安が高まるのか。

年代によって違うのか。

職業によって違うのか。

テクノロジーに対する態度によって違うのか。

さらにPersona Monitorでは、集計値だけを見る必要もない。

反応した一人のところまで降りていく。

「なぜ不安になったのですか」

と聞く。

すると、その人の職業、生活環境、価値観、もともと持っていたAIへの態度などを背景に、その人自身の言葉として理由が返ってくる。

そして、もう一度上空へ戻る。

社会から個人へ。

個人から社会へ。

金融でポートフォリオと個別証券を行き来していたときと、ここでも同じことをしている。

さらに条件を変える。

物価が10%上がったら。

大きな災害が起きたら。

新しい社会制度が導入されたら。

ある技術が急速に普及したら。

企業がまったく新しい商品を発売したら。

その出来事を、小さな社会の中で先に起こしてみる。

もちろん、未来を正確に予言できる魔法の水晶玉を作っているわけではない。

現実の人間は複雑であり、社会はさらに複雑だ。

モデルには必ず限界がある。

だから今の段階では、Persona Monitorを「未来予測装置」と呼ぶつもりはない。

むしろ、

社会態度シミュレーター

と呼ぶ方が近いと思っている。

未来を当てるのではなく、

「この条件なら、社会はどちらへ動き得るのか」

を実験する。

いわば、社会の風洞実験である。

条件を与えると社会の反応が複数の方向へ分かれて出てくる、社会の風洞実験

マーケティングのヒアリング装置で終わらせたくない

もちろん、Persona Monitorはマーケティングにも使える。

新商品について100人に聞く。

広告を見せて反応を見る。

購入意向を調べる。

そうした用途は比較的わかりやすいし、企業にとっても使いやすいだろう。

しかし、私はPersona Monitorを、そこで終わらせたくない。

技術が社会に普及すると何が起きるのか。

政策が変わると、誰が影響を受けるのか。

災害や社会的事件によって、人々の態度はどう変化するのか。

ある産業が衰退したとき、地域社会には何が起こるのか。

まだ私自身にも、すべての用途は見えていない。

それでいいと思っている。

20年前、森林、植生、大気、海流、人口などを一つのモデルの上で扱うという発想から、さまざまな用途が生まれていったように、

社会そのものをモデルとして扱えるようになれば、今は想像していない使い方が生まれるかもしれない。

そこに私は、一番ワクワクしている。

20年前の続きを、今度は事業にしたい

私の師匠は、私が出会う10年ほど前から、この「知識創造エンジン」という考え方を追いかけていた。

私が出会った20年前には、その思想はかなり出来上がっていた。

しかし、その会社を続けることはできなかった。

未来を早く見ることと、その未来を事業として成立させることは、同じではない。

私はその両方を、近くで見た。

そして20年経った。

生成AIが登場した。

膨大な統計データを扱える計算環境がある。

かつてなら研究機関や大企業でなければできなかったような実験を、小さな会社でも始められる。

そして私はいま、Persona Monitorというものを作っている。

最初はAIペルソナを作っているつもりだった。

しかし、どうやら少し違うところへ来てしまったらしい。

人を作るのではなく、社会を作る。

その社会に出来事を起こし、人々がどう反応するのかを見る。

そこから、現実の社会について何か新しいことを知る。

20年前、師匠がGISを「知識創造エンジン」と呼んだ意味が、今になって少し違う形で自分の中に戻ってきた気がしている。

Persona Monitorが、本当に社会の役に立つものになるのか。

大きな事業になるのか。

それはまだわからない。

でも今回は、単に未来を面白がって終わるのではなく、

社会に役立つかもしれないこの仕組みを、一つの事業としてきちんと育ててみたい。

20年前に感じたあの興奮を、私はいま、もう一度感じている。

そして今度は、その続きを見てみたい。

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