AIは、なぜ「資格」という一言に釣られたのか

若い頃の「海外に行く資格なんてあるのか」という一言に、AIは大真面目に資格要件を探し始めた。人間なら笑って流す一言をなぜAIは拾うのか。その失敗を眺めていたら、漫才と、人間が言葉で笑える理由が少し見えてきた。

最近、AIとかなり変わった実験をしている。

過去の自分の発言を大量に読み込ませて、そこから「まだ分かっていないこと」を探させている。

AIはなかなか優秀だ。

大量の会話の中から、

「ここは意味が確定していない」

「ここを一問だけ聞けば、このエピソードの解釈が変わる」

という場所を探してくる。

ある日、AIが一つの発言を見つけた。

私が初めて海外旅行へ行った頃の話だった。

若い頃の私は、こんなことを考えていたらしい。

「日本国内を旅行して回ったこともないのに、海外に行く資格なんてあるのか」

AIがここで止まった。

「資格」とは何だ。

そして、かなり真剣に考え始めた。

AIには「資格」の定義が見つからない

確かに、文字どおり読めばおかしい。

海外旅行に資格試験はない。

国内47都道府県のうち30県以上を訪問した者に限る、という規則もない。

そこでAIは、

「資格」が具体的にどんな条件を指していたのか。

というUNKNOWNを発見した。

そして私にこう質問した。

当時は、国内で何をどこまでしてからなら、海外へ行っていいと思っていた?

……そんなものはない。

思わず笑ってしまった。

別に基準なんて考えていなかった。

初めて海外へ行けることが嬉しくて、舞い上がっていた。

そのテンションの中で、

「国内のことも知らない俺が海外だなんて!」

くらいのことを考えただけだと思う。

ところがAIは、

「資格」という一語を発見した瞬間、そこに制度設計を始めてしまった。

「海外に行く資格なんてあるのか」という一言から、AIが「資格」の具体的な条件をUNKNOWNとして探し、質問したが、本人は初めて海外へ行けることが嬉しくて舞い上がっていただけだった、という図

でも、人間ならたぶん聞かない

ここが面白かった。

友人から同じ話を聞いたとして、

「国内もろくに旅行してないのに、海外に行く資格なんてあるのかなって思ってさ」

と言われても、

普通は、

「へえ、ずいぶん舞い上がってたんだな」

くらいで流すだろう。

「その資格要件について詳しく説明してください」

とは聞かない。

なぜだろう。

「資格」という言葉の辞書的意味を知らないからではない。

むしろ知っている。

そのうえで、

この人はいま、辞書どおりの意味で使っていない

と処理している。

誇張。

自虐。

その場の勢い。

感情の強さ。

話を面白くするための色づけ。

人間の会話には、そういうものが大量に含まれている。

同じ一言に対して、人間は「辞書どおりの意味で使っていない」と処理して流し、AIは資格要件を聞いてしまう。人間の会話に含まれる誇張、自虐、その場の勢い、感情の強さ、話を面白くするための色づけ

AIは意味を大切にしすぎる

この失敗から、一つ面白い仮説が出てきた。

AIは、意味の強そうな言葉を見つけると、

「話者は、この言葉を何か重要な意味で使ったはずだ」

と考えすぎることがあるのではないか。

「資格」。

「絶対」。

「運命」。

「命を削る」。

「何も欲しくない」。

文字どおりに読めば、どれも掘れる。

「絶対とは100%という意味ですか?」

「実際に生命への影響がありましたか?」

「本当に欲しいものが一つも存在しないのですか?」

全部、質問として成立する。

そして全部、うるさい。

人間同士なら、

そこ掘るところじゃないから。

で終わる。

「資格」「絶対」「運命」「命を削る」「何も欲しくない」という意味の強そうな言葉を文字どおりに掘る質問は、全部質問として成立し、全部うるさい。人間同士なら「そこ掘るところじゃないから」で終わる

ここで漫才が見えてきた

そして、ふと思った。

これ、漫才でよく見る。

一人が、

「昨日、死ぬほど働いてん」

と言う。

普通の人間なら、

「大変だったんだな」

と意味を補正する。

ところが相方が、

「死んでないやん」

と返す。

そこで笑いが生まれる。

つまり漫才では、人間が普段無意識に行っているPragmatic Readingを意図的に停止することがある。

比喩をLiteralに読む。

曖昧な言葉の片方だけを採用する。

本来なら流す矛盾を、異常な精度で拾う。

「そこじゃない」という場所を掘る。

今回AIがやったことと、妙に似ている。

AIは笑わせようとしたわけではない。

大真面目だった。

だから余計に面白い。

「昨日、死ぬほど働いてん」に対して、普通の人間は「大変だったんだな」と意味を補正し、ツッコミは「死んでないやん」とPragmatic Readingを意図的に停止する。AIは同じことを大真面目にやった

ボケとツッコミは、意味を操作している

考えてみると、漫才やコントはかなり高度な「意味の操作」をしている。

人間なら当然補正する意味を、あえて補正しない。

逆に、普通ならLiteralに取る言葉を、変な意味へずらす。

意味を過剰に圧縮する。

必要以上に掘る。

途中まで誤読を維持して、最後に解放する。

同じ言葉なのに、二人が別々の世界を見ている状態をしばらく維持する。

そして観客だけが、そのズレを知っている。

これまで私は、漫才をそんなふうに見たことがなかった。

ところがAIの「資格」事件のおかげで、

笑いのかなりの部分は、意味をどう読ませ、いつ誤読させ、いつ戻すかの設計なのではないか

と思うようになった。

AIに漫才は作れるのか

そうなると、別の問いが出てくる。

AIに「面白い漫才を書いて」と頼むだけではなく、

意味の読み方そのものを操作させたらどうなるのだろう。

Literal Reading。

Pragmatic Reading。

Semantic Salience。

False UNKNOWN。

Overinterpretation。

Meaning Delay。

Meaning Release。

最近、文章について考えるために使っていた言葉が、そのままコメディの設計図に見えてきた。

文章について考えるために使っていたLiteral Reading、Pragmatic Reading、Semantic Salience、False UNKNOWN、Overinterpretation、Meaning Delay、Meaning Releaseという言葉が、そのままコメディの設計図に見えてきたことを示す図

研究していたはずなのに、途中から漫才が生えてきた。

困ったものである。

でも、こういう横道は嫌いではない。

そもそもの発端は、

AIが「資格」という一言に釣られたことだった。

人間なら笑って流す一言を、AIだけが大真面目に拾った。

その失敗を眺めていたら、

少しだけ、

人間がなぜ言葉で笑えるのか

が見えた気がした。

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