5年前の「当面」は、まだ続いているのか?――Meaning Auditから法解釈を訪ねる

「当面、この運用を継続する。」5年前の会議資料のこの「当面」は、まだ続いているのか。法解釈と「今」を含む言葉を訪ね、古い文書を正しく読むことと、今も正しいものとして使うことの違いを考える。シリーズ「意味の地図をつくる」第14回。

「当面、この運用を継続する」

5年前の会議資料に、こう書いてあった。

当面、この運用を継続する。

では、今もこの運用を続けるべきなのだろうか。

そう考えかけて、手前で引っかかった。そもそも、この「当面」は、いつまでだったのだろう。

同じ資料の別のページには、「今後、この市場は拡大すると考えられる」とも書いてあった。この「今後」は、5年前から見た未来である。けれど今読むと、つい「これから先」と読んでしまう。

第6回では、五年前の報告書を読むとき、私は何を読んでいるのか、を考えた。その回の最後に、書かれた時の文脈と、読まれる時の文脈の、どちらを基準にすればよいのか、という問いを残した。今回はその続きを、時間を含む言葉に絞って考えてみたい。

「今」を含む言葉

「今日」「今」「私」のように、どの文脈で使われたかによって指すものが変わる言葉がある。言語哲学では、指標詞と呼ばれている。

面と向かって話すなら、「今」は話している時だ。けれど言葉は、録音や手紙のように、時間や場所を隔てても使われる。Stanford Encyclopedia of Philosophy の「指標詞」の項目には、こんな対比が出てくる。

旅先から出す絵はがきに「今、ヴェネツィアは雨が降っている」と書けば、この「今」は書いた時を指す。ところが遺言に「弁護士がこれを読んでいるなら、私は今、もう死んでいる」と書けば、「今」は読まれる時を指す。

どちらも書かれた言葉である。書き言葉だから書いた時、と一律には決まらない。

会社の資料の「現在」や「今後」は、たいてい書いた時を起点にしているのだろう。けれど、今読んでいる私は、それを自分の「今」から読んでしまいやすい。

「今後」は、いつから見た「今後」なのか。

法律は、ずっとこの問題を抱えてきた

昔に書かれた文章を、今の出来事に当てはめる。考えてみると、これは法律がいつもしていることだった。

法解釈の理論には、いくつもの立場がある。書かれたテキストを優先する立場、条文の目的に照らして読む立場、制定された時点の何かを重んじる立場などだ。どれが正しいかは、ここでは扱わない。

今回、いちばん引っかかったのは、SEP の「法解釈」の項目にあった注意だった。筆者の Mark Greenberg は、条文が言語として意味することと、その条文が法の内容に与えるものとを、混同してはならない、と強く書いている。

It is crucial not to conflate a provision’s linguistic meaning with its contribution to the content of the law.
(条文の言語的な意味と、それが法の内容に与える寄与とを混同しないことが、決定的に重要である)

法律の世界では、文が言語として何を意味するかと、その文が法として何を求めるかは、同じ問いとは限らない。古い業務文書にも、少し似た問いがあるように思う。

意味が変わらなくても、当てはめは動く

同じ項目に、もう一つ目を引く指摘があった。

制定された時点の意味を重んじる立場の中にも、次の考え方と両立する版がある。条文の意味が制定時に固まっていても、正しい当てはめは、事情が変われば時間とともに変わりうる、という考え方だ。

例として挙がっていたのは、「州のあいだの商取引」について議会に権限を与える条文である。言葉の意味が変わらなくても、経済のほうが変われば、かつては範囲外だった種類の商売が、範囲の中に入ることがありうる。

昔の文書を正しく読むことと、その文書を今も正しいものとして使うことは、同じではない。

ただ、これには別の見方もある。第6回で読んだ Gadamer は、当てはめは理解の後から付け加わるものではなく、最初から理解全体を共に決めている、と考えていた。意味と当てはめを分けて考える見方と、当てはめが最初から理解を共に決めているとする見方がある。どちらが正しいかは、ここでは決めない。

「当分の間」という法律の言葉

日本の法律にも、「当面」によく似た言葉がある。「当分の間」だ。

2008年の政府の答弁書は、法律の措置には、一般に、期限が明示されているものと、具体的な期限を設けずに「当分の間」の措置として定められているものがある、としている。そうした措置の取扱いは、国会の審議を経て成立した法律に基づき、個々の措置の事情を踏まえて決まる、とも書いている。

この答弁を引き出した質問主意書によれば、1960年に内閣法制局は、暫定的な措置の期限については、法律で期限を設ける方法と、「当分の間」という言葉で示す方法の二つがあり、長いものでは十年を超えるものもある、と答えていたという。

「当分の間」は、単に一定の時間がたてば自動的に終わる言葉ではなさそうだ。少なくともこの答弁では、その取扱いは法律に基づいて決まるものとして扱われている。

会議資料の「当面」も同じかもしれない。「しばらく続ける」という意味は、5年たっても読み取れる。けれど、それが今も続いているかどうかは、文の中には書いていない。終わりを告げる記録があるかどうかを、文の外に探しに行くしかない。「当面、新規採用を凍結する」と書かれた議事録だけが残っていたら、凍結が今も続いているのか、どこかで解除されたのかは、その一文からは決められない。

現在形で引用すると

もう一つ、仕事でよく出会いそうな場面を置いてみる。2021年の資料に、こうある。

今後3年間で、市場規模は倍増する。

2026年の提案書が、この資料をもとに、こう書く。

市場規模は倍増すると予測されている。

元の資料の言葉を、ほとんどそのまま使っている。それでも、いくつかのものが落ちている。いつの資料か。「今後」の起点はいつか。「3年間」という期間が、すでに2024年に終わっていること。

その結果、5年前の予測の紹介だったはずの文が、今も生きている予測を引き受けている文のように読める。

古い予測を現在形で書き移すと、何が落ちるかを示した図。左の「元の資料」は2021年の実線の枠で「今後3年間で、市場規模は倍増する。」。右の「今の提案書」は2026年の実線の枠で「市場規模は倍増すると予測されている。」。そのあいだの赤い点線の枠に、「書き移すときに落ちたもの」として「資料の日付」「『今後』の起点」「『3年間』(2024年に終了)」を置いている。下に「過去の予測の紹介が、今も有効な予測のように見える」。例は筆者による説明のための簡略図で、現在形で書くことがいつも誤りだという意味ではない

「当時そうだった」と「今もそうである」のあいだにも、Warrant がある。

「2021年時点では、倍増が予測されていた」なら、資料をたどれば確かめられる。「倍増が予測されている」と現在形で書くなら、その予測が今も有効だという、もう一つの橋が要る。

「現在」が落ちる場合も似ている。2020年の文書に「現在の市場環境では、この価格が妥当である」とあったのを、「この価格が妥当である」とだけ引用すれば、条件のついた判断が、条件のない判断に見えてしまう。落ちたのは一語でも、文書が引き受けることは変わる。

AI に古い資料を要約してもらうときにも、同じことが起きうるように思う。元の資料が2018年なのに、要約に「市場は今後成長する見込みです」と出てきたら、その「今後」がいつから見た未来なのかは、要約の文からは分からない。

意味の監査に戻る

意味の監査の側から見ると、今回の問いは一つの段に収まらなかった。

「当面」がどのくらいの期間を意味するかは、Interpretation の問いに見える。けれど、それを決めるには、いつ、どんな事情で書かれたかという Context が要る。そして、今も有効かどうかは、今の文書が何を引き受けるかという Commitment の問いになる。

時間を含む言葉では、この三つが入り組む。今の段の分け方では、時間の情報をどこに置くかが揺れるのかもしれない。ここは、揺れるものとして記録しておきたい。

言葉は残る。でも、その言葉が置かれていた時間は、消えることがある。

意味の監査から見た地図(第14回)

意味の監査の段今回の訪問から生まれた問い
Evidence / Source(5年前の会議資料、2021年の予測)いつの資料か/どの版か/後から終わりや改訂の記録が出ていないか
Interpretation(「当面」「今後」「現在」)その言葉の起点はいつか/書かれた時に何を意味していたか
Context / Pragmatics(書かれた時の事情/読む時の事情)どの時点の事情で読んでいるか/書かれた時の事情は、文書の中に残っているか
Commitment(今の文書が引き受けていること)過去の判断や予測を紹介しているのか、今も有効なものとして引き受けているのか

注記: 右の問いは、今回の訪問から私が拾ったもので、法解釈の理論の図式ではない。

今回分かったこと

  • 書かれた言葉の「今」は、書いた時を指すことも、読まれる時を指すこともある、という議論がある。
  • 法解釈では、条文の言語的な意味と、それが法の内容に与えるものとを区別すべきだ、という指摘がある。
  • 制定時の意味を重んじる立場の中にも、意味が固まっていても、当てはめは事情の変化で変わりうる、とする考え方と両立するものがある。
  • 2008年の政府の答弁書は、具体的な期限を設けずに「当分の間」の措置として定めるものがあり、その取扱いは法律に基づいて決まる、としている。
  • 古い資料を現在形で引用すると、日付や期間が落ちて、過去の予測が今の予測のように見えることがある。

まだ分からないこと

  • 会社の資料の「当面」は、誰が、どんな手続で終わらせるものなのか。終わりの記録がないとき、監査ではどう扱えばよいのか。
  • 書かれた時の文脈と読む時の文脈を、意味の監査ではどう分けて記録すればよいのか。
  • 意味と当てはめを分ける見方と、当てはめが最初から理解を共に決めているとする見方のあいだで、意味の監査はどちらに近いのか。
  • 文書が改訂されたり、新しい文書に置き換えられたりしたとき、前の文書の Commitment はどうなるのか。

出典

英文の引用の日本語訳は筆者による。絵はがきと遺言の例は、SEP の項目が Egan(2009)から紹介しているもの。1960年の内閣法制局の答弁は、上の質問主意書による(会議録は未確認)。Gadamer については第6回の出典による。本文の業務文書の例(会議資料、議事録、市場予測、価格の判断、AI の要約)は、すべて筆者による。

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