· 技術革新とデジタルトレンド · シリーズ: 意味の地図をつくる · 読了目安 11 分
この数字は、どこから来たのか?――Meaning Auditからアーカイブ学を訪ねる

「市場規模は1,200億円」
提案書に、こう書いてあった。
市場規模は1,200億円である。
脚注もある。調査会社Aの資料だ。出典があるなら安心だと思って、その資料を開いた。
すると、調査会社Aの資料にも、別の出典が書いてあった。業界団体Bの報告書である。業界団体Bの報告書を開くと、数字は会員企業へのアンケートをもとに推計したものだ、とあった。さらに読み進めると、回答した企業は38社だった。
ここで手が止まった。どこまで戻れば、この1,200億円を確かめたことになるのだろう。
第2回で、話が人から人へ伝わって鎖が長くなったとき、どこまで元をたどる必要があるのか、という問いを残した。第13回では、その主張は誰のものかを、第14回では、いつのものかを見た。今回は、その数字がどこから来たのかを見たい。
一段ごとに、数字に何が起きたのか
数字は同じ「1,200億円」のまま、提案書まで届いている。けれど、途中の一段一段で、起きていることは同じではない。
38社の回答から市場全体の大きさを出したところでは、計算と推論が入っている。38社が市場全体を代表しているか、という仮定も入っている。業界団体の報告書から調査会社の資料へ移るところでは、要約や書き写しが入っているのかもしれない。そして提案書では、「推計」という言葉が消えて、「1,200億円である」と言い切られている。
どの段も、次の段から見れば「出典」である。けれど、そこで行われていることは、そのままの書き写しのこともあれば、要約のことも、計算のことも、推論のこともある。
数字にも、履歴がある。

本物であることと、正しいこと
文書がどこから来たかを、長い時間をかけて考えてきた分野がある。古文書学とアーカイブ学だ。
アメリカ・アーキビスト協会の用語辞典は、古文書学を、記録の作成・形式・伝達と、記録が表す事実や作成者との関係を研究し、その記録の性質と真正性を見極める学問、と説明している。もともとは、文書が本物か偽物かを見分ける学問として発達してきた。
読んでいて目を引いたのは、この分野が、似た言葉をはっきり分けていることだった。
一つは、真正性である。記録が、主張しているとおりの本物で、改ざんされていないこと。もう一つは、信頼性である。古文書学でいう「信頼性」は、日常語の「なんとなく信用できる」とは少し違う。その記録を、そこに表された事実について頼れる記録として扱えるか、という意味で使われている。そして、正確さ。記録の中身が正しく、誤りやゆがみがないこと。
アーカイブ学者の Luciana Duranti は、真正性と信頼性の違いを、こう書いている。
Proving a record’s authenticity does not make it more reliable than it was when created.
(記録の真正性を証明しても、その記録が作られた時より信頼できるものになるわけではない)
同じ用語辞典も、真正性だけでは、記録の内容が信頼できることは自動的には意味しない、と書いている。さらに、古文書学でいう信頼性も、内容の正確さを保証するものではない、としている。
業界団体Bの報告書が、本当にBが出したものだと確かめられたとする。それでも、1,200億円が正しいことにはならない。本物であることと、中身が正しいことは、別のことなのだ。
出典があることと、根拠までたどれること
出典が付いていることと、根拠までたどれることは、同じではない。
脚注がまず教えてくれるのは、どこを見たか、ということだ。けれど、1,200億円という数字を確かめるには、それがどう作られたかを知る必要がある。誰が、どの回答をもとに、どんな仮定で計算したのか。
用語辞典には、真正性の確認には、作成者、作成の場所と日付、原本か写しか、そして時間と場所を越えた伝達・保管・管理の履歴を確かめることが含まれる、という研究者の説明も載っていた。場所を示すことと、履歴をたどることは、別の作業なのだと思う。
出典の名前が、主張の性質を見えにくくすることもある。新聞記事に「政府によれば、X である」と書いてあったとする。政府の発表を見ると、「調査によれば X」とある。その調査は、回答者が自分のことを答えた内容をまとめたものだった。「政府によれば」と書かれると、政府が確かめた事実のように読める。けれど、その先にあったのは、自己申告の回答の集計である。
元の資料は、どこまで元なのか
では、38社の回答まで戻れば、「元」に着いたことになるのだろうか。
これも、そう単純ではなかった。用語辞典は、原本とは記録の最初の完全で有効な版だとしながら、原本には先行する版があり、それ自体が別の原本とみなされることもある、と書いている。一次資料についても、それは他人の観察の主観的な解釈である、という研究者の言葉が紹介されていた。
来歴を記録するための W3C の標準 PROV も、同じ点に触れている。ある資料は、ある資料にとっては一次資料でも、別の資料にとってはそうでないことがある。だから、一次資料かどうかは、資料の種類ではなく、資料どうしの関係として定義されている。何を一次資料とみなすかは、解釈に委ねられうるので、その分野で受け入れられた慣習に従って決めるべきだ、とも書いてある。
PROV では、ある資料が別の資料から作られたことを「派生」として記録でき、そのうち「引用」や「改訂」を分けて書くこともできる。けれど、その派生で中身が正しく保たれたかどうかまでは、その記録だけでは分からない。
アンケートの回答も、回答した担当者が、何かをもとに見積もった数字かもしれない。元の資料に戻ったつもりでも、それが元とは限らない。
AI が出典を示したとき
AI に質問して、「日本企業の70%が生成AIを導入しています」という答えが返ってきたとする。出典のリンクも付いている。
リンクを開くと、ニュース記事だった。記事は、調査会社のプレスリリースをもとに書かれていた。プレスリリースの先には調査報告があり、その報告は、ある条件で選ばれた企業の回答をまとめたものだった。
AI は、出典を示した。では、根拠まで示したことになるのだろうか。途中のどこかで、対象や定義や年が変わっていても、リンクの文字列からは分からない。
意味の監査に戻る
意味の監査では、Evidence / Source をたどることが出発点になる。今回の訪問で、その「Source」という一語の中に、いくつもの違う働きが入っていることが見えた。
そのまま書き写した段もあれば、要約した段も、計算した段も、推論した段もある。どれも「出典」と呼べてしまう。書き写しでも、単位や条件や注記が落ちれば、意味は変わりうる。そのうえで、特に要約や計算や推論の段では、元の資料にはなかった意味が加わる余地が大きい。38社の回答から1,200億円に進むところには、データから主張への橋がある。提案書が「推計」を落として言い切ったところでは、文書が引き受けることが強くなっている。
では、どこまで戻ればよいのか。第10回では、真理に届くまで掘るのではなく、成果物が引き受けている Commitment を支えるのに、Warrant が十分かを見る、と書いた。Source の鎖にも、似た見方が使えるのかもしれない。「最近の調査では、利用が増えている」という一文と、「市場の70%が導入済みなので、3億円を投資すべきだ」という一文では、確かめるべき深さが違うように思う。
どこまで戻れば、確かめたことになるのか。
今のところ、この問いに答えは出せていない。
意味の監査から見た地図(第15回)
| 意味の監査の段 | 今回の訪問から生まれた問い |
|---|---|
| Evidence / Source(脚注、調査会社の資料、業界団体の報告書、38社の回答) | その資料は本物か/中身は、表された事実について頼れるか/その先に、さらに元があるか |
| Interpretation(「市場規模」の定義、要約) | 途中で、定義や対象や年が変わっていないか |
| Inference / Warrant(38社の回答 → 1,200億円) | データから主張へ、どんな計算と仮定が足されたか |
| Commitment(「1,200億円である」) | 推計を、言い切りに変えていないか/その主張の重さに見合う深さまでたどったか |
注記: 右の問いは、今回の訪問から私が拾ったもので、古文書学やアーカイブ学の理論の図式ではない。
今回分かったこと
- 古文書学とアーカイブ学では、記録が本物であること(真正性)、表された事実について頼れる記録として扱えること(信頼性)、中身が正しいこと(正確さ)を、別のこととして扱っている。
- 記録の真正性を証明しても、その記録が作られた時より信頼できるものになるわけではない、という指摘がある。
- 原本にも先行する版があることがあり、一次資料も他人の観察の解釈である、という見方がある。
- 来歴の標準 PROV では、一次資料かどうかは資料どうしの関係として定義されていて、その判定は解釈に委ねられうる、とされている。
- 出典をたどる鎖の各段では、書き写し・要約・計算・推論という違うことが起きていることがある。
まだ分からないこと
- どこまで出典をたどれば、確かめたことになるのか。成果物が引き受けている Commitment の重さによって、必要な深さは変わるのか。
- 古文書学でいう信頼性と、意味の監査が見る Evidence の強さは、どこまで重なるのか。
- 途中で要約や計算が入った資料を、意味の監査ではどう記録すればよいのか。
- AI が出典を示したとき、それが根拠までたどれるものかどうかを、どう確かめればよいのか。
出典
- Society of American Archivists, Dictionary of Archives Terminology: “diplomatics”, “authenticity”, “reliability”, “accuracy”, “transmission”, “original”, “primary source”. https://dictionary.archivists.org/
- 真正性の確認についての説明は、同辞典の “transmission” の項に引用された MacNeil(2002)による。一次資料が主観的な解釈であるという言葉は、“primary source” の項に引用された Robyns(2001)による。
- InterPARES 2 Project, Glossary(2025年4月1日時点). https://interpares.org/ip2/ip2_term_pdf.cfm?pdf=glossary
- Duranti, L., “Reliability and Authenticity: The Concepts and Their Implications”, Archivaria 39(1995), 5–10. https://archivaria.ca/index.php/archivaria/article/view/12063
- W3C, PROV-DM: The PROV Data Model, W3C Recommendation, 30 April 2013, §5.2. https://www.w3.org/TR/prov-dm/
英文の引用の日本語訳は筆者による。提案書の1,200億円、調査会社A、業界団体B、38社、新聞記事と政府発表、AI の回答と70%の数字、3億円の投資の例は、すべて筆者が作った例で、実在の調査を示すものではない。





