
AIは何でも書いてくれる。だから、何を書かないかが重要になった
生成AIで網羅的な文章を作るコストがほとんどなくなった。情報をたくさん書けること自体は、もう希少ではない。未理解からの省略と、理解からの省略は外形が似ているが、中身はほとんど反対である。

生成AIで網羅的な文章を作るコストがほとんどなくなった。情報をたくさん書けること自体は、もう希少ではない。未理解からの省略と、理解からの省略は外形が似ているが、中身はほとんど反対である。

自分の記録をAIに読み込ませて「自分AI」を作ると、記録の中にある他人の発言まで本人の思想として語り始める。これは検索精度とは少し違う問題で、Speaker Attribution・Stance・Commitment・Condition・Temporal Versioningを分けて持つ必要がある。

2026年8月の法務省ガイドラインを読んでいて気になったのは、個々のAIサービスが合法か違法かという判定よりも、その判定に至るまでに何が見られているのかだった。同じLLMでも、設計・UI・利用のされ方で意味は変わる。

18章すべての原稿がそろった。ところが一本につないで読める形にしたところ、別の仕事が始まった。章ごとには正しいのに、章と章のあいだが古い。本にも依存関係があり、編集は概念モデルのデバッグでもあった。

「好きな食べ物は?」と聞かれると、反射的に「やきそば」と答えてきた。嘘ではないが、純粋な嗜好調査の結果でもない。趣味、ホーム、好きな食べ物。自己紹介で差し出す短い答えは、本体ではなく取っ手なのかもしれない。

LISS Panelへのアクセスを断られ、代わりのデータを探し始めた。ところが調べてみると、AIペルソナやLLMによる社会調査データ生成について、すでにかなり近い研究と、検証に使える実データがいくつも存在していた。

AIに議事録を作らせると、「気が楽」は「心理的負担が軽減された」になる。文章としてはよくできている。でも、その少しの間にいくつかの意味が追加されている。その一文は、誰が言ったことなのか。

「週20時間必要」と「2人必要」は同じ種類の意味ではない。報告資料に意味の監査を試したら、条件と提案の間に余計な矢印が入っていた。意味が混じると異論の場所が分からなくなり、議論は止まる。

「なぜ〇〇は△△なのか」というタイトルは、秘密を隠しているわけではない。隠されているのは、その二つを結ぶものだけだ。情報をいつ出すかと、意味をいつ確定するかは同じではない、という話。

若い頃の「海外に行く資格なんてあるのか」という一言に、AIは大真面目に資格要件を探し始めた。人間なら笑って流す一言をなぜAIは拾うのか。その失敗を眺めていたら、漫才と、人間が言葉で笑える理由が少し見えてきた。

生成AIが作る文章は整っていて、読むと「なるほど」と思う。しかし点を渡したのは人間でも、点と点の間に線を引いたのはAIかもしれない。誤字脱字の校正では見つからない、その「→」の出所を追跡する「意味の監査」について。

多数決は正しい答えを決める仕組みではない。気になっていたのはその前、人の「意見」がどうやって作られたのかだった。Persona Monitorを作っていて、社会モデルには情報環境というレイヤーが必要だと気づいた話。